釜山(プサン)、慶州、済州島の韓国おいしいB級グルメ、観光とお値打ち情報を紹介します。

釜山の歴史2 都市の変遷

スポンサードリンク

釜山は韓国を代表する港湾都市として成長を遂げており、日本からも多くの観光客が訪れる人気の都市です。

この釜山の歴史は大変古く、現在に至るまでの主な出来事などを振り返って見ましょう。

釜山にいつごろから人が住み始めたのかというのは、貝塚の発見などからすると、紀元前3000年頃には海沿いや川沿いを中心に人類が居住し始めていたと推定されています。

釜山に関する最初の歴史的記録は『魏志東夷伝』に登場します。この『魏志東夷伝』には、3世紀前半の時点で釜山を含む洛東江下流域に複数の小さい部族国家があったとされています。
群雄割拠の時代が続き、統一新羅の誕生をもって、この一帯を東莱郡と称しています。

その後、李朝時代の初めまでは釜山は人口も少ない閑散とした漁村に過ぎなかったのですが、豊臣秀吉による文禄・慶長の役、韓国でいう壬辰倭乱を経て国防都市という役割を果たす都市としての機能を備えていきます。

歴史に名高い壬辰倭乱は1952年4月、小西行長率いる日本軍が釜山に到達したことによっ始まります。この海戦において大活躍したのが李舜臣将軍で、現在でも釜山市街地にある龍頭山公園には、この李舜臣将軍の銅像が置かれ、日本の方向に睨みをきかせています。

後の鎖国政策によりいったん釜山港は閉じられることになりますが、再び開港することになり、釜山には多くの日本人が住むようになったのです。釜山に渡った日本人が主に移り住んだのは、現在の龍頭山公園を囲むエリア。釜山随一のメインストリート南浦洞の辺りです。

ちなみにこのメインストリートを光復路(クァンボンノ)と称するのは、太平洋戦争の終結をもって日本支配からの光復(解放)を迎えたという意味で名つけられたものだそうです。

1950年からの朝鮮戦争時には釜山は臨時首都の役割を果たしています。韓国全土から多くの避難民が釜山に集まり、この時に自然発生的に誕生した市場が現在の国際市場や釜田市場となりました。

朝鮮戦争を経て釜山は直轄市となり、1995年からは広域市と名称が変更されますが、現在は人口383万人を擁する韓国第2の大都市であり、また韓国一の貿易港として飛躍しました。



スポンサードリンク


>>> 海外への格安航空券予約はこちらから

TOPPAGE  TOP 
RSS2.0